掃除を罰にすること

本を中心に、ずっと捨てることができずにいた物を思いきって処分しました。

 

 

本の中には、

 

素晴らしい本も、もちろんあります。

 

でも、いかにもお金を儲けるために作りました

 

というものも多くあるのだな…と感じました。

 

 

 

そして、

 

「本になっているから、素晴らしい内容に違いない」という思い込みは、

 

手放した方がよいものだと感じました。

 

 

 

片付けをして、とてもすっきりとした気分になりました。

 

 

 

後で知ったのですが、母も、母の実家の片付けをしたらしいです。

 

見に行ってみると、棚や箪笥、押し入れの中の物をごっそり出して、

 

使える物と捨てる物とに分け…

 

私の作業とは比べものにならない仕事量でした。

 

 

 

もともと母は、作業を手早く行うことにかけては、かなりのものです。

 

これまで、私の姿を見ては、歯がゆく思っていたのだろうな…と思いきや、

 

そうではないみたいです。

 

 

 

「私は、やりたくてやってるんだから、

 

他の人のことなんて、何とも思わないよ…」

 

だそうです。

 

 

自分ばかりが大変な思いをしているという感覚はないみたいです。

 

 

 

誰もができるというのではなく、

 

掃除をしてきれいにすることが、好きな人、得意な人がいる。

 

そして、掃除をすると、周りの人達までもが、とってもいい気分になれる。

 

やっぱり「才能」なのですよね。

 

 

とすると、

 

掃除を罰にするのって、どうなのでしょうか。。。。

 

 

 

何かルール違反をした時などに、

 

雑巾がけや草取りなどをさせる(させられた)ことはありませんか?

 

私も、教員時代に思い当たることがありますが…

 

 

これって、

 

本来、きれいにすることは、大きな喜びのはずなのに、

 

掃除(きれいにすること)は、何か“悪い”ことをした人がすること

 

という価値観を作ってしまうように思います。

 

 

 

小学校では、

 

すごく楽しそうに、掃除をする子たちがいます。

 

「きれいになった~!」と大喜びをする子どもたちの姿が、

 

本来の姿なのではないでしょうか。。。。