本当は、気にかけてもらいたい?

◆kiraraさんからのお便りより

―「本当は、気にかけてもらいたい?」

 

毎週といっても過言ではないほどモヤモヤとする日があります。

私の仕事の範疇ではないのですが、どうしても気になってしまいます。

意味なく?立ち上がってしまう男の子たち、

お手紙交換をしてしまう女の子たち、お絵描きタイムの女の子など…

時には、手紙を取り上げ、周りの人の迷惑であるから座るようにと、机に落書きしないなど…(学級担任のすべきことまで口出ししたこともしばしば。)

ですが、注意しないよりも注意をした後のほうが、(直後ではなく、数週間後に)子どもとの接し方も良くなった気がします。

しかしながら、繰り返されることもありますが…。

ただ、気にかけてもらえるってことは、無関心であることよりも、

子どもにとっては良いことであると感じました。

  

kiraraさん、お便りありがとうございます。

子どもたちの様子を見るたび、接するたび、モヤモヤ…でしょう。

お気持ち、よくわかります。

学級担任ではない立場で接するということの難しさというのもありますし、

担任の先生もとても辛い思いを抱えておられることでしょう。

 

このような状況の場合、

子どもたちは、自由気ままに、毎日を楽しんでいるかといえば、

それは違うと思います。

 

子どもたちは、このような状況を心地よいとは思っていません。

 

ですから、

このような状況を改善することは可能だということになるのですが、

根気強く関わることが必要ですし、

ある程度の時間も必要になります。

(学級担任の先生を中心として取り組むことということになりますが…)

 

 

 -「気にかけてもらえるってことは、無関心であることよりも、

子どもにとっては良いことであると感じました」-

 

その通りだと思います。

今日は、このことに関して、私の考えを書こうと思います。

 

“無関心”というのは、自分の存在を認められていないように感じます。

 

叱る・注意するというのは、

子どもにとっては、少なくとも自分の存在は認められているということになります。

 

この「存在が認められているかどうか」というのは、とても重要な意味を持ちます。

 

いわゆる“問題行動”をとる子どもたちは、

心の中に深い寂しさや孤独感、自己否定といった思いや感情を抱えています。

 

ですから、

自分に関心をもってくれていないとか無視されていると感じた時には、

「やっぱり…」

「どうせ自分なんて…」

などと思い、自分でコントロールすることのできない大きな感情に翻弄されることになります。

 

 

以前私が担任した子で、

家出を繰り返していた子がいました。

 

その子は、家出をすることで、

母親の愛情を確かめていたということもあったのだと思います。

 

「どうせ、私が家出しても、誰も心配もしないから…」

と話していました。

「私がお母さんと話をした時、とても心配していたよ」

と伝えても、

「先生、ありがとう。でも、あの人は、自分さえよければ、私のことなんて…」

と寂しそうに言うだけでした。

 

その後、再び家出をしたという連絡があった時、

すぐに捜してあげてほしい、

そして、とても心配しているということを直接本人に言ってあげてほしいと

お母さんに話してみましたが、

 

「私のところが嫌なら出ていけばいい。

泊めてくれることろがあるんだったら、そこに行ったらいい」

という答えでした。

 

お母さんも、寂しそうでしたし、

ご自分を責めているようでもありました。

 

母も子も、お互いに自分への愛情を試していたのだと思います。

でも、上手く自分の気持ちを伝えることができず…意固地になってしまい…

 

似た者同士で、

本当は、誰よりも気持ちを理解し合うことのできる親子だったのではないかと思います。

 

自分が認められていないのではないか、

愛されていないのではないか、

という思いからの行動は、

相手を試したり、攻撃したりする行動になりがちです。

 

相手が子どもであっても、

ひどい言葉、反抗的な態度には大人も傷つきますから、

悪循環になってしまうことがよくあるのだと思います。

 

 

ですから、

まずは、存在を認めてあげるということが大きな意味を持ち、

よくないことであっても、それを伝えてあげることは、

「あなたのことを見ているよ」ということになると思います。

 

この時、

「ルールだから…」「あなたのためだから…」「みんなのためだから…」

といった言い方ではなく、

答えを期待することなく、

こちらの気持ちや思いを伝えてあげると心に響くことが多いと思います。

 

このような状況の時は、良いところに気づきにくいのですが、

ほんの些細なことでも良いので、

ポジティブな言葉をかけてあげられるとさらに良いと思います。

 

 

やはりこれも教員をしていた頃のことですが、

1教科のみの授業を担当していたクラスに、

全く授業に参加しようとしなかった子がいました。

 

学級担任ではないので、

担当の授業時間以外の姿を見ることがあまりなかったのですが、

ある時、その子が外から校舎の中へ入ってくる姿を見かけました。

 

その時、新しそうな靴をはいて駆け込んで来た姿がとても印象的だったので、

「その靴、かっこいいね。よく似合ってるよ」

と何気なく声をかけました。

 

その時は、たいした反応はなかったのですが、

次の授業の時間から、

少しずつ態度が変化し、授業に参加するようになっていきました。

話をすることもできるようになっていきました。

 

後で家の方から伺った話では、

靴は、その子がずっと欲しがっていた物で、

その日は、初めて履いた日だったそうです。

そして、家へ帰るとすぐに、

私の言葉を、とても嬉しそうにお母さんに話したということでした。

 

ほんの些細なこと、感じたことを伝えただけなのですが、

関係改善のきっかけになりました。

 

 

ただし、

子どもたちは敏感に感じとりますから、

何とか褒めようということで、

思っていないことや感じていないことを言ってしまうと、

関係改善には繋がらないと思います。

かえって、関係が悪化することにもなりかねません。

 

心と言葉が一致していることも、とても大切だと思います。